タグ:雑感 ( 34 ) タグの人気記事

白熱市民

ハーバード白熱教室、なにかと話題ですが、サンデル教授のコミュニタリアンという立場をよく知らなくても、はたまたおつむが暑さのせいでも妙齢のせいでもなくテコでも動こうとしない最近の私でも、テンポよく投げられる問いかけに唸るのが刺激的です。
今日たまたまつけたBSで、<嘘をつかない練習>の回の再放送。カントを引用し、嘘は常に悪か?という命題がとりあげられていました。偶然で驚いたのですが、昨日引いた「日曜哲学クラブ」の箇所の前半がちょうどこれ。主人公イザベルは、[無実の人が殺されようとも、いるか?と殺人者に戸口で訊かれたら真実を言うべき]とするカントに憤慨し、ある種の嘘は認めてもいいのではと思いつつ、ある状況で嘘をつくのに慣れてしまうと真実とうそのあいだの境界線は限りなくぼやけてしまうとも思ったりします。

嘘とはそもそも何なのでしょう。真実を隠そうとする動機が問われるのならば、その基準を判断するのは誰なのでしょうか。
企業や国家で取り沙汰される<偽り>に敏感でいたいという気持ちにウソはないので、ノロノロ考えていきたいと思います。あるいは自分のために。身近な病人を真実だけでは抱えきれない現実に悩む者として。
[PR]
by skyblue_2 | 2010-08-19 18:41 | デイリーライフ

ミルクをきらしてマナーを考えた

ショコ・レにトライしてみようと思い冷蔵庫を開けたら…牛乳がちょっぴりしかなーい!そういえば朝のシリアルに使ったっけ、、しかたなく、コーヒー。ミルク、砂糖なしで。

積んである新聞に目がいって、というかイヤでも視界にはいる量なわけですがソレはさておき、昨日の日経新聞の「春秋」は、携帯電話の害についてでした。落語の最中に携帯が鳴るのを聞かされたという筆者が、噺家の言葉の引用で「なんなら二つ折りのを開けた後、力を足してもう少し開いてみてくださいな。ベキッと言って黙るんで」顔で笑って心で激怒してますね、噺家さんも筆者も。

私は今まで、コンサートでこういった迷惑を被った経験がありません。最近、ホールによっては自動的に圏外になる構造のところもありますよね。
コンサートのマナーを考えるとき、<我何を目的に此処へ来たる哉?>が全てだと思うのです。聴きに来た音楽以外の音は要らない。これに尽きます。そのために何かしら心がけるわけですが、最近演奏中気になるのが、アメの包みを開く時のがさがさごそごそ。たぶん咳が出かかってなんとか止めたくて、慌ててアメを取り出すのだと思いますが、どうも本末転倒ではという気がします。生理現象の咳は仕方ない派の私なので、がさごそさせるよりスッキリ咳しちゃってくださいまし~、と叫びたい。(そしてたいていこっちまで咳が出そうになるのはなぜ?!)

a0010481_18261310.jpg
ゲント(たしか、、)のコンサートホール。
[PR]
by skyblue_2 | 2009-02-03 18:30 | デイリーライフ

ジャケ買いのススメ

12月には東京でフェルメール展、先日は名古屋でモネ展を観たけれど、印象が薄い気がするのは何故か。気持ちがせわしないと、眼から心へストンと落ちていかない。という言い訳もできる。大勢の人で観光名所化するのも仕方がないと思う。日本の光の質感の違いを持ち出せるほど、当方目が肥えてはいない。…
たまたま感覚が向かっていかなかっただけ。そう考えると、自分が瞬間を生きていない気がして口惜しくなる。

瞬間を大事にしていくのは、表面だけサクサクかすめて過ぎるのとは違うこと。でも、見た目とか感じなんていう上っ面も、何かのきっかけになることがあると思っている。

そういうわけで、ジャケ買い。(強引)
レコードやCD、本だって時には見た目重視が効を奏する。意外にも中身にがっかりすることがあまりない。同じ演奏者で曲目で迷って、ピンとくるジャケットのほうを買っちゃうこともある。図書館でついついたくさん借りるときも、表紙だの判型だのでジャケ借り。

パッケージが愛着仕様だとなんとなくお気に入りになるって、暗示にかかってるようなもんじゃない、とは考えない考えない。

a0010481_13185276.jpg
[PR]
by skyblue_2 | 2009-01-28 13:19 | デイリーライフ

こうしていても過ぎてゆく

先日、雑誌をパラパラしていて目に飛び込んできたコピー。「情熱がなければ人生はただの時間だ」
時と場合によっては情熱と聞いてなんとなく暑苦しくなることもあるにせよ、自分の生きる時間をただの秒や分の羅列にしたくはないと、たしかにすごく思います。

ブラッセルでおととし、美術館の夜間オープンデーに、こんなコレクションを見に行きました。
a0010481_13561072.jpg

a0010481_141216.jpga0010481_14165231.jpg

暖炉の上にインテリアとして置くための時計だったそうで、必ず両側一対の花瓶ふうのものとセットになっています。実際、お花を挿したりもしたようです。モダンだったり東洋的だったり、デザインも形もいろいろで、まるでショールームに案内されているようでした。
綺麗なフォルムに埋もれながら、どんな家庭でどんな時を刻んでいたのか。考えるとちょっと楽しくなります。
a0010481_14584920.jpg

[PR]
by skyblue_2 | 2008-06-13 15:11 | 街角にて

わからない、ということを、わかりたい

ひょんな事でチェンバロの初レッスンに行けなくて、一寸先は闇なんてことをつくづく思いました。身体の主人公は自分だと疑わずに生活していると、突然に、はたまたじわじわと、カラダは反旗を翻してくる…我が身のこと(今回は夫の番でした)がもしかしたら一番のナゾのまま、人は生きていくような気がします。
a0010481_17265757.jpg
(お世話になっているクラヴサン工房アダチのイングリッシュモデル)

我が身の謎といえば…、脳科学者の茂木健一郎氏の<クオリア>(ラテン語で「質」「状態」)という考え方に少し前から興味を持っています。私にとっては、このパラダイムの科学的な是非云々からは離れて、音楽という、ある意味とんでもなくつかみどころのないものを<クオリア>の概念を通して解いていくのがドンピシャというか、とても共感できるのです。そしてそこにみなぎる、氏の音楽への愛情の清々しさにもまた。
音楽のクオリアは、<私>の脳内に「予測不可能な大きな穴」を開ける。ある音楽体験において、どれだけ文字や数字を尽くしても、実際になにが起きているのかは、結局、説明できない。だが、もっともらしい解説や分析では把握できない、音楽の中で微笑む「なにか」のクオリアによって、音楽が始まる前には全く存在しなかった感情や情動が<私>の中に生まれるということだけは、わかる。
-「すべては音楽から生まれる」より
音楽に触れることも、五臓六腑の密やかな変化に劣らない神秘なのかもしれません…。
[PR]
by skyblue_2 | 2008-04-25 19:38 | デイリーライフ

武士語

巷でウワサの武士語。もんじろうで遊んでみました。もっといかめしい文章になるのかと思ってましたが。

武士語で話せばもののふ道精神が甦って高潔高邁の気概に溢れ、世の中もっと住みやすくなるのか、それがしにはわかりませぬ。なれど、使う云葉が精神に作用するでござると申すことなら、普段けっこう実感しているでござる。

きれいな言葉で一日過ごせば気持ちがいい。チョーやべえと叫ぶ女子高生だって、そういう<気分>を無意識に狙って使うことで場面を演じ分けています。むしろコワイと思うのは、ウラハラな言葉、という魔物。こやつにとりつかれると何より自分の言葉で自分を裏切るという所業に及んで、あとあと後悔が待つだけ。言霊を軽んずなかれというのが、この年齢になっての教訓です。
[PR]
by skyblue_2 | 2008-02-19 21:25 | デイリーライフ

灯す

光を灯す。炎を見つめる。ほんのひとときのただそれだけで、自分を取り戻せる気がすることがあります。ベルギーでの日々で忘れられないのは、まるで音楽に心を震わせる時のように、ともしびが作る偶然の表情に惹きつけられたこと。聖堂の中。カフェ。通りから垣間見える窓辺。あの、硬質な風土のなかでいつもひっそりゆらめいていた炎の暖かさを思い出しながら、ベルギーから持ち帰ったキャンドルに初めて火をつけました。
a0010481_18552422.jpg

Happy Valentine's Day to YOU.
[PR]
by skyblue_2 | 2008-02-14 19:00 | デイリーライフ

YOKOの謎

a0010481_921886.jpg

去年の秋のブラッセル再訪は、いろいろな思いが交錯してふわふわそわそわ、落ち着かなかったのですが、それでも短期間でも住んでいた場所の記憶というのはあなどれません。友人とギャラリー・サンテュベールを歩いていて視界の端っこにふと違和感が。おなじみ<女王通り>のプレートの下に…YOKO TSUNO通り?日本の人?何かの記念??ココにこんなプレート前からあったっけ???暫し疑問符炸裂、とりあえずカメラで証拠保全。そのまま今日に至っておりました。

とりあえず(こればっかりですね)検索。こちらのレビューで、YOKOがベルギー生まれのコミックで活躍する、日本人の登場人物だということを初めて知りました。さらにこの記事によると、この時期サンテュベールのあと二つの通りにもコミックの主人公の名前がプレートになっていたという。
もしこれがこの時だけ見られたとしたら、思い出すのはどうしたってあのハートの信号機です。こういうゲリラ的演出がベルギー人は好きだということでしょうか。

それにしても、YOKOという人物の設定はいったいどんなモチベーションから?とか、このコミックでベルギーやフランスの人は今の時代にもやっぱりエキゾチシズムを掻き立てられるものなのか?とか、新たな疑問が湧いてきます。とりあえず(またデスカ)原作を読んでみようかな。
[PR]
by skyblue_2 | 2008-01-29 11:24 | 街角にて

きっと忘れない

たいへんご無沙汰してしまいました!また少しずつ更新していきたいと思います。

十月の終わりに引越の第一便を出して、わざわざ除けておいたはずのクリスマスツリーが部屋の隅に置かれたまま、季節はもうアドベント半ば。めまぐるしく毎日が過ぎていきます。まるでここぞとばかりに、たくさんの偶然と驚き、そして喜びと哀しみに囲まれて…
それをただ受け止めるのに精一杯で、たぶん私にとっては一生忘れがたいものになりそうな2006年の冬です。

帰国していつかある日、ふとブラッセルの風を頬に感じたとき、そこから私の二年八ヶ月の追体験が始まる気がします。あるものはデフォルメされ、あるものは記憶のかなたへ去り、そんなふうにここでの日々がいつのまにか自分の中に同化されていくのでしょう。

a0010481_2335653.jpg

高速道路から見る景色さえも、過ぎてゆく刻のかたみ。こんな光景を<天使の梯子>と呼ぶとおしえてくれた人がいました。
[PR]
by skyblue_2 | 2006-12-15 02:42 | デイリーライフ

音楽と感受性

以前から拝見しているClala-Flalaから、クラシック音楽の垣根・・・?にTB。
追記:上記エントリのTB先である、音楽ジャーナリスト林田直樹さんのブログLINDEN日記の記事アマゾンにモーツァルト・ストアがオープン/石田衣良のモーツァルト本にTB。

このエントリを読んでから、今までぼんやりと考えていたことがある意味ますます曖昧模糊としてきたようです。音楽作品の価値とはそもそも何なのか。音楽を聴く人の感受性は、音楽そのものとは切り離されて考えるべきものなのか。クラシック音楽というジャンルが持つ固有の意味とは?
音楽という芸術が人類という壮大な聴き手を要求するものである限り、これらに一つの答えをあてはめるのは難しいようにも思います。

ただ私は、「音楽に感じることができる人間という生き物は素晴らしい」「しかし悲しいかな、私には、音楽の至高性という絶対的な価値をすべて受け取るだけの感受性は備わっていない」と思いつつ音楽を聴いてきました。

感受性という個人の個性は、もちろん多岐なもの。ある人にとっての<ミューズ(芸術の女神)>もほかの誰かにはミューズではあり得ないでしょう。
けれどもそれはそれとして、音楽には、言ってみれば個人に無関係に、絶対的な重さを帯びているものがあるのではないか。バッハや古楽が好きな私ですが、たとえばモーツァルトの良さ(あの「疾走する悲しみ」も含めて)というものがあまりピンときません。しかし、モーツァルトの凄さ、偉大さを感じていないかというと、どうもそうではないのです。

偉大な音楽、というものを客観的に認めることで、もしかしたら私は、音楽に<天からの贈りもの>という意味合いを見いだしたいのかもしれませんが。

a0010481_2391659.jpg

[PR]
by skyblue_2 | 2006-03-21 23:11 | 音楽レコメンド