<   2011年 08月 ( 3 )   > この月の画像一覧

決めつけたくない。

内田樹氏の本をなにか読んでみたいと思い、小林秀雄賞を取った「私家版・ユダヤ文化論」を買ってきた。私がベルギーでとてもとてもお世話になった女性はユダヤ人で、暫く途切れていた音信がごく最近復活したところなので、ずっと考えてきた(世間では言い古されている)疑問<何故ユダヤの民は優秀か>について少し突きつめたくなったというのもある。もちろん、クラシック音楽の世界で、どれだけたくさんのユダヤ人音楽家が活躍してきたかは言うに及ばず…。

当然ながら、民族という括りを振り回すだけの単純思考には興味ないつもりでいる。が、気がつくと身の回りには括り論法みたいなものが案外あふれていて、本気でそんな理由づけに満足してるの?と自問自答していることもあったりする。ちょっと前の松本某B型事件しかり、括って思考停止できるとラクチンという罠はコワイ。

ところで、内田氏のサイトのエントリ⇒「ラジオについて」にはたいへん共感させていただいた。ラジオを愛する人、ひいては、音楽も含めて<音>というものをきちんと聴こうとする人なら、思わず頷くのではと思う。

声の深い人は、「多声的」(polyphonique)である。
一人の人間なのに、その声の中に「複数の声」が輻輳している。
大人の声に少年の声がまじり、おじさんの声におばさんの声がかぶり、謹厳なサラリーマンの声にやさぐれた悪漢の声が唱和する。
だから、その中のどれかに聴き手は「自分の周波数と合う音」を聴き出すことができる。
多声的な人は、いわば「ひとりオーケストラ状態」を実現している。
聴き手はそこに「和音」を聴くこともできるし、ある一つの楽器のフレーズだけを選択的に聴くこともできる。
この聴き手に与えられている「居住域の広さ」が聴き手に「ほっとする」感じを与えるのである。

こういう「多声的」声の持ち主、ラジオ・パーソナリティをはじめ何人か思い出せる気がします。ちなみに私は、けっこう声フェチ…。

a0010481_20381231.jpg

[PR]
by skyblue_2 | 2011-08-29 20:38 | デイリーライフ

思うことひとつ

あとから振り返ると、すべては良い思い出にかわっている。そんな生き方がしたい。

a0010481_20482825.jpg

今年の夏も、母校のポプラに風をもらった。
[PR]
by skyblue_2 | 2011-08-28 20:50

イギリス旅行

先月、イギリスを再訪した。癌の術後がまあまあ良好な母と二人の、ベルギーから旅したこの時とほぼ同じ、エジンバラからロンドンまで巡る10日間のバスツアー。
五年経っても相変わらずスコットランドの空は高く蒼く、バイブリーの家並みは蜂蜜色のままで、懐かしいクライストチャーチの校内はやっぱり芝生立入禁止で。変わっていくのは、いえハッキリ言いませう歳をとっていくのは、眺める人間のほうなのですねぇ…。

a0010481_155292.jpg

なんというか、私の感性鈍ったの?と思う場面が多くて、けっこう参った。
あの有名な<自分の感受性くらい 自分で守れ ばかものよ>(茨木のり子)という詩の一節が、ぐわんと響く。

今回最大の謎は、ネッシーじゃなくてこれ。朝食のバイキングにて。
a0010481_15233864.jpg
右上のMARMITEというスプレッドはウワサ通り強烈な味で、それはそれで納得した。が、一見藁みたいな四角い塊りを、隣りにいたバスのドライバー氏に訊くも、「ナントカみたいなもの。砂糖をかけてもおいしいよ」と肝心の半分が聞きとれず、ちょっぴりだけかじってみたものの、サクサクする以外よくわからない。素材と名前、宿題です。

チャーチル家のブレナム宮殿では、前回も壮麗なハウスオルガンに興奮したが、そのCDを売店でゲットできた。エルガーの「威風堂々」もオルガンバージョンで入っていて、まさにところを得てパイプの震えまでが伝わってくるような演奏。ドイツともフランスとも異なる、英国オルガンの音を実感している。

ロンドンでは、念願のナショナルギャラリーのフェルメールやレンブラント。でも、帰国の日にハイドパークでつまんだスーパーの苺の色のほうが思い出せるっていったい、、
a0010481_1636813.jpg

[PR]
by skyblue_2 | 2011-08-03 16:39 | 観光あちこち記