N響@愛知県芸術劇場

日曜日、午前中は前日からのアクシデントで行くべきところへ行けず。マチネだったN響の愛知県定期にはなんとか座ることができました。

コンサートのあいだ、音の流れに身を任せつつヒトとしての喜怒哀楽その他もろもろに向き合うというのが、たまに辛いときがあって、それが独奏だったりすると完全に音の場から置いてけぼりを頂戴することになります。今回の後半のプログラム、チャイコフスキーの「悲愴」は、私にとってこれと正反対のベクトルで迫ってくるものでした。
たとえばこの曲の、あのすっかり明るく完結したように思わされる三楽章と(今回「も」拍手が。或いは熱演に思わず、だったかもしれませんが)、いきなり突き刺さる冒頭の弦の嘆声で始まる四楽章との<あいだ>にあるもの。そういう曰く云い難し的なチャイコフスキーの世界を、するするとナゾ解きしてくれたような、クリアで圧倒的な…こうして言葉をさがしていても、音がどんどん甦ってきます。兎にも角にもブラボー!
キタエンコ氏の指揮するうしろ姿が時々小澤征爾氏に似て見えたのは、三階席だったから?蛇足深謝。。

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近くの公園の冬の裸木が好きです。まるでタブロー。
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by skyblue_2 | 2009-01-26 18:42 | 音楽レコメンド
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