わからない、ということを、わかりたい

ひょんな事でチェンバロの初レッスンに行けなくて、一寸先は闇なんてことをつくづく思いました。身体の主人公は自分だと疑わずに生活していると、突然に、はたまたじわじわと、カラダは反旗を翻してくる…我が身のこと(今回は夫の番でした)がもしかしたら一番のナゾのまま、人は生きていくような気がします。
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(お世話になっているクラヴサン工房アダチのイングリッシュモデル)

我が身の謎といえば…、脳科学者の茂木健一郎氏の<クオリア>(ラテン語で「質」「状態」)という考え方に少し前から興味を持っています。私にとっては、このパラダイムの科学的な是非云々からは離れて、音楽という、ある意味とんでもなくつかみどころのないものを<クオリア>の概念を通して解いていくのがドンピシャというか、とても共感できるのです。そしてそこにみなぎる、氏の音楽への愛情の清々しさにもまた。
音楽のクオリアは、<私>の脳内に「予測不可能な大きな穴」を開ける。ある音楽体験において、どれだけ文字や数字を尽くしても、実際になにが起きているのかは、結局、説明できない。だが、もっともらしい解説や分析では把握できない、音楽の中で微笑む「なにか」のクオリアによって、音楽が始まる前には全く存在しなかった感情や情動が<私>の中に生まれるということだけは、わかる。
-「すべては音楽から生まれる」より
音楽に触れることも、五臓六腑の密やかな変化に劣らない神秘なのかもしれません…。
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by skyblue_2 | 2008-04-25 19:38 | デイリーライフ
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